種と人をめぐるストーリー

こんにちは、そーやんです。


昨日、たまたま街まで舞さんと出かけて、カフェで一緒に仕事してました。

そこに国際オーガニック映画祭のチラシ。



ちょうどその日の夜も上映があるとか。

それが下のSEED the untold story(邦題:たね)という作品。

とても美しい作品だった。


正直、種が危ない!モンサントが危険だ!みたいな話はあんまり好きじゃなかったので、

それ一色の映画だったら嫌だなとか思ってたけど、

そう言った負の面も含めてなんか、人と種をめぐるストーリーは尊く美しいなと思えました。

機会があればぜひみて欲しい作品です。


印象に残った場面を一つご紹介。

舞台はインド。


ある農家の女の子の話。

小さい頃に近所の盲目のおばあちゃんに、在来種の種子をもらって以降、

親に隠れて在来種の種子を集めていたという変わってるけど、めちゃくちゃ素敵な女の子。


その頃インドには「緑の革命」で先進国の企業からたくさんの種子が入ってきた。

種子と肥料、農薬などがセットになっていて、

これを使うと収量が上がり、お金が稼げると。

周りの農家もそれで稼ぎ出して、その女の子のおじいちゃんもついに借金して、その種や農薬、肥料を買って作り出した。

 

でも干ばつだったか忘れたけど、とりあえず全然収穫できなくて、

借金も返せず、種を買うお金もない。

いつもならそういう時周りの農家に種子をもらうのだけど、

周りの農家も在来種の種子はその企業に買い上げられていてない。

種子を買うにはまた借金しなければいけない。そんな負の連鎖に飲み込まれ、とうとう

おじいちゃんは農薬を飲んで自殺してしまったという。

インドにはそんな農家が何万人もいるのだとか。

 

今、その女の子は有機農業や種子について、村の人たちに教える活動をしているという。

種子がない人には種子を分けているという。

めちゃくちゃ素敵!いや〜その純粋さを見習わないといけないなと思いました。


そしてこの日は映画の後に、簡単なトークショーがあるらしかったのだけれど、

急遽その話をする人が来れないことに。(知ってる人だけど)

そしてピンチヒッターとしてぼくが登壇することになりました。

すごいご縁です。

 

実際、10分くらいしか時間なくて、本当はもっと話したかったのだけど、

一応、一番お伝えしたいことは伝えれたかなと。



結局、たねが危ないみたいな話は自分の周りではよく聞くのだけど、

それを実感できる人ってかなり少ないと思う。

この映画をみた直後はなんとかしなきゃ!って思うけど、日常に戻ると忘れてしまう。

だってもともと種子が周りにある環境で暮らしていないから。


ぼくは種子を守るということもそうだけど、ここが一番大切だと思う。

たねと人の営みそのものがなくなっていること自体が一番の危機だし、逆に一番の解決策なんじゃないかと。


頭で「種子は大切」「種子が危ない」と理解しているつもりになっていて、

その上で種子法とかの議論をすることが一番危ない。

ぼくでも「たねが危ない」という実感はあんまりない。

 


映画の中で出てくる人たちは言っていた。

「この種子たちは我が子そのものだ」

「私の祖父は亡くなる時に、この種子を私に渡しました。種子を大切にしなさいと。」

彼らは我が子を愛おしいと思うのと同じように、種子が愛おしくてたまらないのだろう。

それはたねを見つめる彼らの眼差しや所作からもすごく伝わってくる。

愛おしいと思うからこそ、それが失われていくことに悲しみや危機感を感じる。



だから種子が愛おしいと思うその心を育てていくことが大切だと思う。

もちろんそれでは間に合わないから、まずは今ある種子を守らなければいけないだろう。

それと同時に少しずつ種子や農が身近にある暮らしの環境、人とのつながりを取り戻していく。


種子を蒔いて、芽が出てきた時の喜びや、うまく出ない時の悲しみを重ねながら、

時間をかけて人と種子、そして自然との繋がりを取り戻していく。

それは決して簡単なことではない。忍耐も必要になる。

数百年かかるつもりで取り組む話だと思う。


でもそれは必ず実現する。

種子にもその遺伝子にその歴史が刻まれているように、

私たち全ての人の中にも、自然と一体になって暮らしていた時代のDNAが刻まれているのだから。

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